不人気とは、指導者が払うべき信念の対価である
こんにちは、顧問の保です。
僕の尊敬する経営者が、よくこのようなことをおっしゃいます。
「不人気とは、指導者が払うべき信念の対価である」
この言葉、なかなか重い。
社員に好かれたい。
嫌われたくない。
辞められたら困る。
空気を悪くしたくない。
まさか、そんなことばかり考えているとは思いません。
でも、最近は本気で注意する人が減ったように感じます。
大きな声で叱る人も減った。
本気で向き合う人も減った。
耳の痛いことを言う人も減った。
もちろん、ただ怒鳴ればいいという話ではありません。
感情をぶつけること。
人格を否定すること。
立場を使って押さえつけること。
それは指導ではありません。
ただの自己満足です。
でも、言わなければならないことを言わない。
注意すべきことを注意しない。
本人のためになることを、嫌われるのが怖くて飲み込む。
それもまた、違うと思うのです。
本気で叱る人は、減っている
その人のことを本気で考えているなら、
言わなければならない瞬間があります。
このままではいけない。
その考え方では伸びない。
その仕事の仕方では信頼を失う。
その姿勢では、お客様に失礼になる。
そう思ったときに、きちんと伝える。
それは、簡単なことではありません。
言う側もしんどい。
嫌な顔をされるかもしれない。
反発されるかもしれない。
距離を置かれるかもしれない。
それでも言う。
なぜなら、その人のためであり、
お客様のためであり、
会社のためであり、
一緒に働く仲間のためだからです。
本気で叱るとは、そういうことだと思います。
嫌われたくない指導者は、格好悪い
社員に好かれたい。
部下に嫌われたくない。
後輩に気をつかいすぎる。
言うべきことを言えない。
私は、そういう指導者は格好悪いと思います。
もちろん、優しさは大切です。
相手を尊重することも大切です。
時代に合わせた伝え方も必要です。
でも、優しさと甘さは違います。
相手の顔色ばかり見て、
本当に必要なことを言わないのは、
やさしいようで、実は無責任かもしれません。
本気で向き合うからこそ、厳しいことも言う。
これは経営者だけの話ではありません。
上司も同じ。
先輩も同じ。
チームを任される人も同じ。
誰かを導く立場にあるなら、
不人気になる覚悟は、どこかで必要になるのだと思います。
怒りの奥に、信念があるか
社会人になってから、ずっと怒っている。
できない自分に怒る。
甘えている自分に怒る。
仲間に怒る。
部下に怒る。
新人に怒る。
ときには、お取引先様に対しても、信念を持って意見を伝える。
ただし、それは感情の怒りではありません。
「なんでわからないんだ」
「なんでできないんだ」
「自分の思い通りに動け」
そんな怒りではない。
お客様のために。
お取引先様のために。
会社のために。
そして、その本人の未来のために。
言わなければならないことがあるから、言う。
信念の怒りです。
信念の叫びです。
だから、声も大きくなる。
言葉にも熱が入る。
伝える側も、めちゃくちゃ疲れる。
本気で伝えるのは、しんどいのです。
でも、しんどいからやめる。
嫌われるから黙る。
面倒だから流す。
それでは、何も育たない。
人も育たない。
組織も育たない。
信頼も育たない。
組織には、言うべきことを言う人が必要
本来、組織には「言うべきことを言う人」が必要です。
社長だけではありません。
むしろ、組織でいうなら、
本来はナンバー2がその役割を担うべきなのかもしれません。
社長の考えを理解し、
現場の空気もわかり、
社員にも近い距離で向き合える人。
そういう人が、組織には必要です。
これは一般論ですが、
ナンバー2の器量が、会社の成長を大きく左右すると思っています。
伸びる会社には、必ずと言っていいほど、
名物の大番頭さんがいます。
社長が前に出る。
ナンバー2が組織を締める。
現場に火を入れる。
言いにくいことも言う。
人を育てる。
文化を守る。
そういう存在がいる会社は、強い。
逆に、誰も言わない組織はゆるんでいきます。
注意されない。
叱られない。
改善されない。
基準が下がる。
そして気づいたときには、
お客様からの信頼を失っていることもあります。
不人気を引き受ける覚悟
指導者は、いつも人気者でいられるわけではありません。
むしろ、本気で向き合えば向き合うほど、
不人気になる瞬間があります。
厳しいことを言うから。
耳の痛いことを言うから。
その場では嫌がられるから。
でも、それでも言わなければならない。
それが、指導者が払うべき信念の対価なのだと思います。
人気を取りにいくのか。
信念を貫くのか。
その選択を迫られる瞬間があります。
もちろん、伝え方は大切です。
今の時代、ただ怒鳴ればいいわけではありません。
相手を傷つける言葉は、指導ではありません。
でも、嫌われるのが怖くて何も言えないなら、
その立場にいる意味はあるのか。
そう思うのです。
人を育てるとは、きれいごとではない
人を育てることは、きれいごとではありません。
時間もかかる。
労力もかかる。
嫌な役回りもある。
誤解されることもある。
それでも、本気で向き合う。
その積み重ねが、人を育てます。
組織をつくります。
信頼をつくります。
経営者も、上司も、先輩も、
誰かを導く立場にある人は、
ときに不人気を引き受けなければならない。
それは、つらいことです。
でも、信念を持っているなら、避けては通れない。
不人気とは、指導者が払うべき信念の対価である。
そして今日も、
その対価を払いながら、
本気で人と向き合っている人がいる。
私は、そういう指導者を格好いいと思います。